嫌われる勇気。「誰からも嫌われない人生」

昨日に引き続き「嫌われる勇気」です。

嫌われる勇気

 

私は多分に八方美人的なところがあります。

こうした性格にも多少は良い面があるのでしょうが、一方で自分自身の人生を相当に窮屈なものにしてしまっているように思います。

こうした八方美人的な性格はどこから来ているかと言うと、

間違いなく

「人に嫌われたくない」

更に言えば

「誰からも嫌われたくない」

という思いからであると断言出来ます。

だからこそ「嫌われる勇気」という、タイトルだけを見るとまさに私とは対極をなす本に惹かれ、憧れを持ち、何度も読み返しているのだと思います。

こうした八方美人的な性格、すなわち「嫌われる勇気を持てない」ことに関しても、この本の中では語られています。

誰からも嫌われないためには、どうすればいいか?答えはひとつしかありません。常に他者の顔色を窺いながら、あらゆる他者に忠誠を誓うことです。もしも周りに10人の他者がいたなら、その10人全員に忠誠を誓う。そうしておけば、当座のところは誰からも嫌われずに済みます。

(中略)

ここはしっかりと理解してください。他者の期待を満たすように生きること、そして自分の人生を他人任せにすること。これは、自分に嘘をつき、周囲の人々に対しても嘘をつき続ける生き方なのです。

-「嫌われる勇気」より-

何度読み返してみても、ズシリと心に響く部分です。

以前私はこのような記事を書きました。

(「吉原物語11」過去20年に渡る半年周期の無限ループを改めて振り返る・・)

酒浸りの日々を送っていた過去の20年間、どの仕事も半年程度しか続かず、そしてその度に酒に救いを求め、更に状況が悪化していく。

そうした過去の惨状を振り返ってみた時、正直今から10年後に自分がまともに生きていることすら怪しく思う時があるということを、この記事の中では書いています。

今現在でも、こうした思いは少なからずあります。

であればこそ、

この先10年後に自分がこの世に存在してるかどうかすら疑わしいのであればこそ、

「もうそろそろ、他人の目ばかりを気にして生きていくのではなく、自分自身本当に生きたいように生きればいいじゃないか」

と内心では強く思っています。

ですが実際の日々の生活の中で、こうした思いが充分に実践出来ているかというと、なかなかにキビシイものはあります。

先日、(2015年も半分が終了・・)という記事を書きました。

既に今年も半分が終了し、後半戦に突入です。

この調子で行くと、あっという間に年末になってしまうでしょう。

そして当たり前ではありますが、こうした1年を10回繰り返せば、もう10年です。

その時自分は無事この世に生きていられるかどうか。

たとえ何とか生きていられたとしても、年齢はもう50代半ばになっています。

その時に、次のようなことで後悔することだけは絶対にないようにしたいと思っています。

「どうしてもっと自分自身思うように、好きなように生きてこなかったんだろう」

「どうして他者の目を気にし過ぎるあまり、消極的で無難な道ばかりを歩んで来てしまったんだろう」

 

1度しかない人生です。

 

これまでの自分自身の半生を振り返ってみて、「充分に満足で、後悔のない人生を歩んで来た」とは全く思っていません。

ですが、まだまだこれからです。

「どの時点からでも、人生は完全にやり直すことが出来る」と100%信じています。

再び「嫌われる勇気」に戻ります。

「自由とは、他者から嫌われることである」

(中略)

他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。つまり、自由にはなれないのです。

-「嫌われる勇気」より-

死ぬ間際になって「人の目なんか気にせず、もっと好きに生きれば良かった」と思うことのないように。

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