自己分析の重要性。酒浸りの25年間を振り返ることで、改めて「自分とは何者か」ということを考えてみた結果・・・

就職活動において重要なのは志望動機と自己分析だと言われます。

志望動機によって「敵を知り」、自己分析によって「己を知る」ことで、「百戦危うからず」という孫子の教えに通ずるものがあるようにも思えます。

志望動機とはその言葉の通り、その会社を志望する理由です。

一方で自己分析というのはなかなか一言では言い表しにくいものです。とは言いながらも、あえて一言で言ってしまえば「自分はどういう人間であるか」ということを自分なりに客観的に分析するということでしょうか。

ただそうは言っても、以前の記事にも書いた通り、自分を客観視するというのは非常に難しい。そして自分を分析するとは言っても、実際には具体的に何をどうするのかというと、これがまた尚のこと難しい。

私自身も学生時代の就職活動において、この自己分析というものに非常に頭を悩ませまた記憶があります。

と、ここまで書いてきましたが今回は就職活動についてではなく、自己分析について少し話をしたいと思っています。

就職活動に限らず、この自己分析というのは人生の要所要所にて、何か大きな決断をする際に非常に重要な要素です。そして人はたとえ無意識であっても、この自己分析をベースに決断をしています。

私自身も昨年11月に酒を止めた際、今後の人生を考える上で、改めて自己分析を行ってみました。具体的にはどのようにしたかと言うと、とにかく思いつくままに自分の過去の人生を振り返ってみました。幼少期から自分の記憶に残っている出来事を思いつくままに書き殴ってみたのです。

その大半が嫌な思い出でした。幼少期の頃の思い出でさえ、あまり良い思い出は出てきませんでした。

家で父親に殴られた幼少期、心を塞いでいた中学校の日々、友達のいなかった高校生活、酒に浸って全然授業に出なかった大学生活、職を転々とした孤独な社会人生活・・・と、実際には楽しい思い出もなくはなかったのですが、どちらかというと、こうしたネガティブな記憶が大半を占めていました。

そして特にひどいのが20代後半から昨年までの15年間ほどの日々です。

この頃は酒への依存度合いが年々酷くなってきており、徐々に親、兄弟、友人とも疎遠になりつつありました。職も失い孤独に陥り、その結果、更に酒に溺れていくという典型的なアルコール依存症の転落人生の王道を邁進していました。

そうは言っても、何もしないと生きていけないので、とりあえず何とか自分に鞭打って職探しをする。
そして何とか仕事が決まる。
会社に入って暫くは酒も程々に仕事に精を出す。
ただ数ヶ月して仕事に慣れてくると、徐々に酒量が増していく。
そして仕事で何か嫌なことにぶち当たると、更に酒量が増え、もう仕事なんかどうでも良くなってしまう。
そうして仕事への意欲をなくし、そのまま仕事をトンズラしてしまう。
すぐに次の仕事を見つける気力もなく、そのまま昼から酒を飲む生活に突入する。
とはいえ、手持ちの金が無くなるのが怖いので、パチンコなどで手持ちの金を少しでも増やそうと試みる。
その結果、更に金を無くす。
こうして生活が完全に詰む。
スッカラカンになって初めて、本気で仕事を探し始め、何とか仕事を見つけてくる。
そして新しい仕事を始めて暫くすると、また酒量が増え始める、そしてまた会社をトンズラするという無限ループをこの15年間、さんざん繰り返してきました。

ここまで書いてきて思うのですが、これは自己分析というよりも、単にこれまでの人生の恥部を振り返っているだけのような気がします。ただこれが紛れも無い私の人生ですので、このブログでだけは包み隠さず話したいと思っています。

こうしてブログを書くことで自分の頭の中が整理され、本当に自分が何を考えているのかということが少しずつわかってくるのではないかという期待もあります。ブログを書き、自分の考えをアウトプットしていくことで、自己への理解が深まるということは確かにあると思います。

そして上の自己分析を行った結果ですが、過去の自分のどうしようもない生き様を改めて振り返り、ただその中でも自分のポジティブな面も再発見することが出来ました。

今回この記事を書くにあたって、前回自己分析を行った二ヶ月ほど前の記録を引っ張り出してきました。そこで非常に驚いたのが、たった二ヶ月前であるにも関わらず、現在とでは考え方に大きな違いがあることです。ここ最近の自分を取り巻く環境の変化、そして色々な情報・知識を日々貪欲に吸収しているため、その影響がかなり大きいようです。
このような変化は自分としては成長の証として、肯定的に捉えています。

また、上で触れた「どうしようもない15年間の無限ループの頃の話」についても後日記事にしていきたいと思っています。