人生と浅草と

浅草在住。アルコール依存症。再度、断酒に挑みます。

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嫌われる勇気。「自己への執着」

      2015/07/05

雨のスカイツリー今は土曜日の朝7時過ぎです。

昨晩は1週間の疲れからか23時前にはもう床に着き、そのため休日である今日も普段と同じくらいに目が覚め、既に活動を始めているという非常に健康的な(笑)週末となっています。

最近またまた、少しずつ日々の読書の量が減っており、何とか週末にその分を取り戻したいとは思っているのですが、それと合わせて以前読んだ本の中で心に刺さった箇所を読み返すということを意識的に増やすようにしています。

今の私が何度も読み返したくなる本・・

嫌われる勇気

それがこの「嫌われる勇気」です。

最近もよく記事にしていますが、職場における私の何というか「至らない部分」というか「改善すべき部分」というか、そうした点について参考になる部分が非常に多い本です。

今日は「自己中心的」ということについて少し考えてみたいと思います。

以前、私はこのような記事を書きました。

「「自分を大切にする」ということと、「自分勝手」、「わがまま」とはどう違うのか・・」

前職において職場の人間関係に行き詰まり、もがき続ける中で、どのように自分自身の気持ちを前向きに持っていくべきかということに悩みつつ書いたものです。

「このように職場での状況が悪化している中、全ての原因が自分自身にあるという殊勝な考え方だけではどうも上手く行かないのではないか」

「自分自身を一番大切に考え、そのように行動する。いわばある種「自分勝手」、「わがまま」とも映りかねない行動を取ることも必要なのではないか」

このように考えていました。

すなわち

「今の自分は自分自身を大切に扱うということが出来ていない」

なので、自分自身をもっと大切に扱ってあげるためには

「もっと自分勝手、わがままな部分を持ってよい」

という考え方です。

ここで私がイメージしていた「自分勝手」、「わがまま」という言葉は「自己中心的」と言い換えることも出来ます。

「自分自身をもっと大切に扱ってあげるためには、人の意見に振り回され続けるばかりではなく、もっと自己中心的な部分を増やしていく必要がある」ということです。

一方で実際に職場での私はどうだったかというと、

他者の意向に沿うことばかりが自分自身の行動基準となってしまっており、自分の意思で判断・行動をするという、いわば「自己中心的な振る舞い」というものが全く出来ていない状況でした。