「吉原物語14」2010年の猛暑。9月に突入し心身ともに限界が近付きつつあり・・

今日も吉原物語です。

2010年8月。

後に「100年に1度の猛暑」と言われたあの年です。

特に8月は「観測史上最も暑い1ヵ月」と呼ばれているようです。

一人暮らしを始めたことで私生活は相当に改善しましたが、暑さから来る疲労が徐々に蓄積し、更に解体現場に駆り出されることで精神的なストレスも増大しており、なかなかに困難な時期を迎えつつありました。

そう言えば8月は盆休みが3日間くらいあったように記憶しています。

休めばその分給料が減るだけなので、別に大喜び出来る訳でもありませんが、とは言え普段週6で働いている者からすれば、やはり休みは嬉しいものです。

生活に必要なものを100円ショップに買いに行ったり、昼から酒を飲んだりしてのんびりと過ごした思い出があります。

そして8月が終わり9月に入ります。

この時期になっても産廃現場と解体現場を日々行き来するような状況が続いていました。

そして一向に暑さは収まりません。

むしろ更に暑くなっているかのようでした。

肉体的にも精神的にも、だんだんと自分の中での限界が近付きつつありました。

ちょうど人夫の仕事を始めて半年近くが過ぎようとしていた頃です。

手持ちの金が一銭もなく、この人夫の寮に転がり込んだのが2010年の3月中旬。

そして7月の終わりにめでたくひとり暮らしを始め、そして未だ残暑の厳しい9月に突入。

これまでの半年周期の無限ループ同様に、この時も徐々に潜在意識の中で「職場から逃げる準備」を始めていたのかも知れません。

前にも言いましたが、これまでの私の20年の社会人生活の中で、仕事が1年以上続いたのはたったの2つです。

そしてこの2つの仕事には職場環境の面で共通点があります。

それは、「どちらも会社の寮に入っていた」ということです。

どの仕事も半年程度で仕事に嫌気が差し始め、そして仮病による欠勤が始まる。

そして仕事を休んだ挙句に、日中から酒をあおる。

これが半年周期で仕事を辞めていく、お決まりのパターンでした。

ただ寮に入っていると、このパターンがやりたくてもやれないんですよね。

仕事を休んだとしても寮には管理人さん等、他に人がいるし、また職場の人が心配して部屋に来るかも知れないので、まさか昼から酒を飲んでいる訳にもいかない。

こういった、いわば強制的な環境「仮病による欠勤、そして昼酒をあおるという流れを止める環境」に身を置かない限りどうしても仕事が続かない、そのようなタイプの人間ということでしょう。

ですので、この人夫の仕事もエアコンが無いことやプライベートが無いこと、風呂や洗濯が順番待ちであること、そして家賃が相場よりかなり高いこと等々、不満点はいくらでもありましたが、もしこういった不満点に目を瞑って寮に居続けていたとすれば、もっと仕事も長く続けられたと思います。

とは言え、寮を出るという決断をしたのは誰でもない、自分自身です。

当時の福岡の家賃相場から、小金を貯めれば一人暮らしが可能であることがわかり、そして無事その目標を達成したというだけのことです。

今思えば、自分から何とかしていつもの「半年周期で職場を去る」というパターンに持ち込みたいという力が働いていたのかも知れません。

この当時、肉体的にも限界に近付いていました。

繰り返しますが、とにかくクソ暑かった2010年の夏。

特にコンクリート打ちっ放しの現場では、照り返しも考えると50度、60度それくらいの体感温度の中で仕事をしていました。

そう言えば、今この記事を書きながら思い出しましたが、7月にとある解体現場で、軽い熱中症にかかり現場から途中で帰されるということがありました。

民家の解体現場だったと思います。

その日は、気が狂ったように口うるさい現場監督社員の下で1日中怒鳴られながら仕事をしていました。

こうした殺気立った現場だと、どうしても水分補給も遠慮がちになってしまいます。

どんなに暑くても、一度ヘルメットを外して頭から水道水をかぶれば、大分マシになるのですが、当然そういったことも出来ません。

そしてフラフラになりながらも、何とか監督の罵声を浴びつつ仕事をしていましたが、とうとう限界を迎えました。

「気を失って倒れる」ということはありませんでしたが、「ちょっとこれ以上仕事を続けるのは無理だ」と思い、自分から監督に事情を説明しに行きました。

顔色も真っ青だったのかも知れません。

さすがに一目私を見ただけで監督も事情を察し、すぐに「日陰にいって休め」と言ってくれました。

言われた通りに日陰に移動し、皆が仕事を続けている中、30分ほどボーっと座り込んでいました。

すると、うちの人夫会社の社員の人が車で迎えに来てくれました。

現場監督が会社に連絡をしてくれていたようです。

自分「ご迷惑をお掛けしました・・」

社員「いやいや。この時期は暑いからしょうがないですよ。これくらいで済んでよかった」

そして仕事は早退し、車で寮まで送ってもらうことになりました。

この社員は大柄で威圧感はかなりあるのですが、寡黙なタイプの人で、これまで事務所でまともに会話をしたことはありませんでした。

言葉を交わすのは朝と夕方の挨拶くらいです。

この時に車内で初めてまともな会話をしました。

そう言えば私がこの会社に初めて電話を入れて面接をしてもらったのがこの人でした。

ちなみに、その時の記事はこちらです。

(「吉原ソープ物語」ソープランドのボーイとして1年半働いた日々を書いていこうと思う。でも、その前に人夫生活の日々から始めようか・・・)

そして他愛も無い会話をしながら寮まで送り届けてもらいました。

その頃になるとだいぶ熱中症も治まりつつありました。

ただ帰ってきた寮には当然ながらエアコンはありません。

車で送ってもらったのは有り難かったですが、正直「下手をすると、風がない分だけ外よりも暑いかも知れないタコ部屋に連れ戻されてもなあ」という複雑な心境になったりもしました。

ということで今日はここまでにしたいと思います。

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「吉原物語14」2010年の猛暑。9月に突入し心身ともに限界が近付きつつあり・・” への2件のコメント

    • めたぼ侍さん。
      いつも有難うございます。
      今日続きをUPしたので、是非ご覧になってみて下さい。

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