「吉原物語18」いよいよ福岡を離れる時期が近付きつつ・・

プチロイヤル

久々に吉原物語です。

前回の記事はこちらになります。

(「吉原物語17」家賃が払えず不動産業者から逃げ回る日々・・)

2010年当時の話です。

9月に人夫の仕事を辞め、その後新しい仕事を探すこともせず悶々と酒浸りの日々を過ごす中、とうとう10月を迎えてしまいます。

当然10月分の家賃を払える金など残ってはいません。

自分の部屋でありながら、いつ督促が来るかも知れないという恐怖心から落ち着いて部屋に居ることも出来ず、夜にコソコソと部屋に戻ってきては、また翌日の日中は部屋から逃げ出すというような日々を続けていました。

そうした生活を続ける中、何とか10月の後半までは督促の業者と鉢合わせすることもなく、部屋に住み続けていることが出来ていた私に、とうとう転機が訪れました。

たしか10月の最終週の頃だったように思います。

その日もいつも同様、夜の24時近くに自宅に戻ってきた私は、今日も特に何もドアに督促状などが挟まれていないことを確認し、ホッとしてドアを開けました。

そして電気を点けようとしたところ・・

スイッチを入れても電気が点きません。

その瞬間に悟りました。

とうとう電気も止められたんだ・・

確かに家賃だけでなく携帯料金、水道、ガス、そしてこの電気料金も9月の人夫出しの会社をバックレて以降は何も払っていませんでした。

ちょうど未払いで止められる頃合だったということです。

そして、とうとう観念しました。

もうこの部屋からも逃げ出すしかないか・・

その夜、電気も点かない真っ暗な部屋の中で、予算500円程度の最後の晩酌を終えました。

明日夜が明けたらこの部屋を出よう。

部屋にあるもので持っていくものを物色しました。

これから寒くなる時期だし、少し暖かい格好で出よう。

手持ちの荷物は少ないほうが良いので、かばんとかは持っていくのはよそう。

そんなことを思いながら、この部屋での最後の床に着きました。

そして翌朝。

もうこの部屋に戻ってくることはないだろうなと思いつつ、部屋を出ました。

ダウンジャケットを羽織って荷物も何も持たず、持っていたのは中身が殆ど入っていない財布くらいでした。

ただ、部屋を出たからといって何か明確な目的がある訳でもありません。

これまで同様にパチンコ屋の休憩所で無為に時を過ごす、そしてたまにパチンコを打つ、やることと言えばその程度です。

そして、この日も夜がやって来ます。

今日からはもう帰る家もありません。

やむなく、近所で一番安いネットカフェのナイトパックを利用しました。

帰る家を失ってからは、このような無為な日々を続けていました。

ちなみに10月の終わりに家を飛び出して以降、結局不動産業者とは一度も接触することはありませんでした。

その後、数年後に滞納していた家賃等含めて全ての負債を返済することになるのですが、その時に初めて部屋に残していった全てのものが処分されたということを知りました。

11月に入ってからも同様の生活が続きます。

パチンコで何とか日銭を稼ぎながら、夜はネットカフェで過ごす。

このような日々を続ける中、とうとう2011年の年明けを迎えます。

この頃、たまたま運良く残り少ない資金をパチンコで増やすことに成功し、手持ちの金は20万円近くにまで復活していました。

ネットカフェ生活も数ヵ月が経過し、お気に入りの店を見つけてそこを定宿とし、何となくこの生活も軌道に乗りつつあると勝手に思い込んでいた頃です。

ただ、ここでも私がバカだったのは、手持ち金が20万円程度になったにも関わらず、もう一度真面目に人生をやり直そうとしなかったことです。

現実を直視すれば、

10月以降家賃を支払わないまま放り出した部屋はその後どうなっているのか。

電気代も水道代、ガス代、そして携帯代金も全て未払いのまま。

サラ金2社への計200万円近い借金も、そのまま返済もせずほったらかしにしている。

その他色々な全てを放り出した後始末から完全に目を背けたまま逃げ続けている訳です。

今考えれば、その金で「未納の家賃や公共料金を全て払い終え、もう一度人生をやり直す」という選択肢がまず思い浮かぶのですが、当時の私は「もう不動産業者に会わす顔がない」という考えがまず第一にあり、そのため「まともに人生をやり直す」という選択肢を完全に頭の中からシャットアウトしていました。

結果、ここから更に数年間、日の目を見ない生活が続くことになります。

ところで話は変わりますが、ネットカフェで毎晩夜を過ごすというのはなかなかにシンドイものがあります。

まず第一に、プライベートの確保がなかなかに難しいという点です。

ご存知の通り大抵のネットカフェは完全な個室ではなく、隣のブースとは薄い壁1枚で隔てられているだけです。

隣の客が立ち上がると、その薄い壁よりも高い位置に目線がきますので、自分の部屋を覗き込まれても何も言えません。

イビキのうるさい客もいくらでもいます。

私自身も他人から見れば似たような客だったでしょう。

隣の客の新聞をめくる音がうるさくて目が覚めてしまう、そういったこともよくありました。

もう一つ困ることがトイレです。

私は当時タラフク酒を飲んでいたので、まあとにかくトイレが近い。

ネットカフェの場合、部屋からトイレ迄の距離がソコソコあるので、この往復が結構めんどくさかったのを思い出します。

ただ、そういった何かと不便の多いネットカフェ生活でしたが、逆にこの生活だからこそ得られる「メリット」というものもありました。

それは「朝になると否が応でも店を出ないといけない」ということです。

延長料金を払えば、そのまま店にいることも出来るのですが、さすがに高い追加料金を払ってまで居続けようとは思いません。

たとえどんなに二日酔いが酷く、寝続けていたいと思ったとしても、チェックアウトの時間が来れば荷物をまとめて外に出るよりありません。

これが結果的に、「健康的」とまでは言いませんが、比較的「規則正しい」と言いますか、「毎日一定のリズムで生活する」ということに役立ったという側面があるように思います。

というのはアパートでの生活の場合、朝は何時に起きてもいいし、別に嫌だったらパチンコ屋にも行かなくてもいい。

昼過ぎに起きて、外に出る気もしなければ酒とツマミだけ買ってきて、そのまま飲み始めることも全然可能です。

私の場合、一旦こうした状態に入ってしまうと、「酒だけが楽しみ」の「完全なる引きこもり」になってしまいます。

一方でネットカフェ生活の場合、強制的に朝一番に外に放り出されてしまう訳です。

いわば「完全なる引きこもり生活」への道は閉ざされてしまうということです。

こうした「ネットカフェのメリット」のお陰もあって、当時の私は何とか細々と生き延びることが出来ていたのではないかと思っています。

※ブログ応援のつもりで、是非クリックよろしくお願いします!

にほんブログ村 酒ブログ 禁酒・断酒へ

「吉原物語18」いよいよ福岡を離れる時期が近付きつつ・・” への2件のコメント

  1. はじめまして、いつも楽しく読ませて頂いております。断酒7ヶ月目です。私が楽な気持ちで断酒できているのは、このブログに負うところが大きいのです。いつスリップしてもいい。一週間で病院の門を叩けばいい。と思わせてくれました。専門医に通院していますが、私のドクターは、抗酒剤 無しでまずは断酒しようという主義 なのです。飲んでしまうようなら処方します。と言っていました。
    おかげさまで無事続いています。

    • みきちゃんさん、コメント有難うございます。
      断酒7ヵ月目ですかあ、凄いですね! 抗酒剤も使ってらっしゃらないんですね。
      僕も次の目標は半年です。お互い頑張っていきましょう。

コメントは受け付けていません。