「吉原物語20」そして遂に吉原へ・・

吉原8

昨日に引き続き、今日も吉原物語です。

福岡でのネットカフェ生活に見切りをつけ関東へ上陸した私は、結果的に大船のネットルームでの30日間、延々と酒浸りの日々を過ごすことになります。

そして、いよいよこの酒浸りの30日間も終わりに近付いてきました。

この店で再度30日間の延長を行うという選択肢は当初から頭になく、「では次の寝床をどうするのか」ということを思案しつつネットで色々と調べを続ける中、1軒良さげなネットルームを発見します。

そこは都内に複数の店舗を運営している内の1店舗で、場所は台東区の御徒町付近にありました。

他にも色々とネットで調べてみたものの、ここ以上に使い勝手の良さそうな店舗がなかったため、ここを次の定宿とすることに決めました。

そしていよいよ30日間の大船での日々が終わり、そのまま電車で上野へ向かいました。

1時間程度で上野に到着し電車を降りた私は、懐かしい上野の街並みを横目に眺めながら、目的の宿を目指して歩を進めます。

確かこの頃、7月の下旬で暑さもピークに差し掛かっていました。

この「吉原物語」の中で以前、福岡での人夫時代の日々を書いてきましたが、そこで何度も「2010年の記録的猛暑」について触れてきたと思います。

その2010年の猛暑に負けず劣らず、この2011年も延々とクソ暑い日々が続いていました。

そうした炎天下の中、上野駅から歩くこと30分近く、ようやく目的の建物に到着しました。

この写真の建物です。

GOGO御徒町2

ここも大船と同じく部屋は個室で広さは1畳半程度、そして室内には小さなテーブルとノートPCが1台があるのみでした。

大船との大きな違いの1つは、隣の部屋との境界線である壁が天井までつながっており、いわゆる「完全個室」となっているため、隣室の生活音が若干は遮断されるという利点がありました。

ただそうは言っても、所詮薄い壁1枚で隔てられているだけなので、隣室の音がソコソコ聞こえてくることに加え、もう1点、何よりもここの建物は衛生面での管理がかなりずさんで、そのため毎晩「ゴキ○リ」との格闘を余儀なくされるという、なかなかにディープな一面もありました。

ただ、そうした難点と引き換えに、通常のネットカフェよりも格段に安い料金で個室を利用出来る訳ですから、トータルで見れば「値段相応のサービス」ということなんだろうと思います。

もうひとつ、大船と比べてこの御徒町のネットルームが使い勝手が良かったのが「1週間単位で利用出来る」という点でした。

確か7日間で1万1千円という値段設定だったように思います。

1日単位でみれば1,600円弱ということで、当時の私のような浮浪者にとっては有り難いサービスであったことは間違いありません。

こうして新たに御徒町での日々がスタートしました。

とは言っても、大船から御徒町に場所を移したことで、何か生活が劇的に変わったのかと言われると、残念ながら全くそういったことはありませんでした。

引き続き酒に侵され続け、日々手持ちの金を擦り減らしていくのみで、まさしく「座して死を待つ」生活が延々と続いていました。

この頃、手持ちの金もとうとう10万円を切っていたように思います。

そして8月も終わり、9月に突入です。

相変わらずの「酒浸りの日々」が延々と続く中、9月の上旬頃にはとうとう手持ちの金が尽きてしまいます。

遡ること2ヵ月と少し前、30万円程の現金を握り締め福岡を後にした私は、結局この関東に来て何をやったのかと言うと、1畳半の狭いフリースペースを確保して、ただ淡々と酒に浸る日々を送っていただけでした。

まさに「座して死を待つ」ために、関東まで遥々やって来たと言っても過言ではありません。

そして当然の如く、「とうとう有り金が尽きてしまった」というだけのことです。

ただ手持ちの金がゼロになったからと言って、自分の命を断てるほどの度胸も持ち合わせてはいません。

「さて、どうしたものか・・」

とにかくまずは、部屋を出て行かざるを得ません。

午前10時のチェックアウトを終え、いざ外に出てみると、相変わらずの暑さが続いていました。

ここからの1週間ほどは、まさに「ホームレス」の日々でした。

日中はパチンコ屋や図書館に入り浸って暑さを凌ぎ、夜は100円マックで過ごす・・

ただ、こうした生活を1週間ほど続ける中で、さすがにこれでは体が持たないと気付き始めます。

こうした中、1つの転機が訪れました。

今でも覚えています。

2011年の9月15日。

その日の朝、「今日は浅草橋駅近辺にある図書館で日中を過ごそう」と思っていた私は、上野方面から延々と歩きつつ、ようやく図書館の前まで辿り着いたものの、9時の開館までは多少の時間があったため、隣接する公園のベンチで時間を潰していました。

そこで、視界の先にふと捨てられてある「東スポ」が目に入りました。

何気なく取って中をパラパラとめくっていると、ちょうど真ん中ほどに「求人広告」のページがあり、そこにズラズラと「吉原ソープランド ボーイ募集」といったような内容の求人が何十件と掲載されていました。

「さすがに、働かざるを得ないか・・」

ようやく重い腰を上げる気持ちになってきました。

毎度、毎度のパターンです。

酒浸りの生活によって手持ちの金がゼロになり、その結果ホームレス生活に突入、ただ次はホームレスとしての辛い日々に耐えられず、ようやく重い腰を上げて職を探し始める・・

これまでに何度も経験してきた、いつもの私の得意パターンです。

改めて東スポの求人をざっと見渡して、どの店に電話をするか思案しました。

そして1件に決めます。

数ある求人の中から、どうしてその1件を選んだのかはよく覚えていませんが、とにかくその店舗に電話を掛けてみました。

電話に出た従業員の男性に求人募集での面接希望と伝えたところ、「じゃあ今日の午後にでも面接しましょう」ということになりました。

電話が終わると、すぐに面接の準備に取り掛かります。

最寄の100円ショップまで歩いていき、そこで履歴書を調達しました。

写真を貼り付ける程の余力はないので、そこは勘弁したもらうとして、コンビニの飲食スペースに席を確保し、何とか履歴書を書き上げました。

なお吉原のボーイの面接というのは、おそらくどこもそうなのでしょうが、鶯谷や上野、日暮里等の駅まで送迎車で迎えに来てくれます。

私が面接を受けたこの店の場合、上野駅まで迎えに来てくれるということだったので、指定の時間に上野駅の北口方面の指定の場所に行き、送迎車の到着を待ちます。

ちなみに送迎車の車種と、その店舗のサービス価格帯というのはある程度の比例関係にあるようです。

例えば、面接を受けたこの店の場合、トヨタのウィッシュを送迎車に使用していました。

どちらかと言えば吉原の中では「中~低価格帯」のグループに入る店舗だったように思います。

早速、送迎車に乗せてもらい、ドライバーの方と少し世間話を交わしている内に、いよいよ吉原の街に入っていきました。

それまで吉原というエリアには一度も足を踏み入れたことがなかったため、右も左も分からないような状況の中、車が一軒の店の前で停車しました。

(ドライバー):「はい、到着しましたよ」

(私):「あ、有難うございます」

幾分緊張もしつつ、いよいよ面接のために店舗の中へ足を踏み入れることになりました。

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「吉原物語20」そして遂に吉原へ・・” への4件のコメント

  1. ソープランドでボーイをしていましたという本を書いた、玉井次郎です。
    これからの展開を期待しています。

    • 玉井さん。
      コメント有難うございます。
      遅々とした更新となって申し訳ないですが、また機会があれば読んでやって下さい。

  2. いつも拝見しております。
    ブログ主さんと年齢が近いの親近感があり
    共感をもって読ませて貰っています。
    私も東京出身ですが一度も吉原に足を踏み入れた事がないのでどんな世界なのか興味深いです。 まだ、残暑が厳しいですが、
    御自愛下さい。

    • ケイシさん。
      コメント有難うございます。
      これからもボチボチの更新頻度となってしまうかと思いますが、よろしくお願いします。

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